何が必要で何が安全なのか?
最近ではベリリウム(Be)入りニッケル・クロム(Ni-Cr)合金の安全性がTVでも取り上げられ何かと話題になりました。がほんとうは何が問題なのでしょうか?
一般に歯科で用いられる金属には次のような要素が必要とされます。
- 安全性(口腔内で溶け出さない、アレルギーが少ない)
- 歯冠修復物としての物性、耐久性、加工しやすさ
- 価格
- メタルボンド(PFM)の場合はポーセレンとの結合力
ざっとこんなところでしょうか。金(Au)やチタン(Ti)は単体としては非常に安定した金属ですがアレルギーが全く無いわけではありません。純金は軟らかすぎますし、純チタンは磨耗しやすいので単独では使えません。そこで他の金属元素を加えて合金とします。白金加金が良いのは当然ですが金、白金(Pt)パラジウム(Pd)の貴金属が重量で75%を超えていないと金属イオンが溶出する度合いが高いと言われています。保険で使われる金パラ(実は銀パラ)はAu12%、Pd20%ですので口腔内では溶け出します。銅やパラジウムは体内に蓄積すると毒性がありますのでドイツやスエーデンでは妊娠や幼児には使用しないように勧告されており、銅を含むパラジウム合金を使用しないようになりました。また近年では貴金属価格の世界的な高騰により欧米では金合金に変わる代替材料が開発されており、今や日本が最も歯科用貴金属の使用量が多いのです。
最近、日本では新素材であるジルコニアが「白いメタル」としてもてはやされましたが欠点も多く、欧米では全体の10%程で留まっています。決して金属に取って代わる材料ではないのです。
非貴金属合金はクロムが
20%以上含まれていないと安全とはいえない
そこで非貴金属なのですが、確かにニッケル(Ni)やコバルト(Co)、クロム(Cr)は単独ではアレルギーを起こしやすく聞こえが悪いようですが、Crを20%以上加えると酸化膜を形成して不動態化し耐食性が飛躍的に向上します。さらにモリブデン(Mn)を数パーセント程度加えるとより安定します。 ドイツBEGO社のWiron99のように適切に配合されたNi-Cr合金は高カラット金合金並みの耐食性を示し金属の溶出は極めて微量です。Niの経口毒性は低く、食物や薬剤から一日に摂取されるNiの量は0.16〜0.9mgでありこの量に比べれば装着されたクラウン・ブリッジから溶け出すNiの量は無視できる量なのです。
Ni-Cr合金が使われなくなったのは患者よりも技工士が危険だから
それでもNi-Cr合金がヨーロッパで使用されなくなったのはなぜでしょう。まずNiは最もアレルギーを起こしやすい金属ですし、蓄積作用は無視できません。代わるものがあればあえて使用する必要はありません。しかし最大の理由は技工士の健康被害です。
この合金の融点は1300℃以上なので高周波鋳造器を使用しないとうまく鋳造できません。そこで以前は融点を下げ遠心鋳造するために少量のベリリウム(Be)が添加されました。このBeには発癌性と毒性があります。Beも経口毒性は低く1〜2%であれば適切に配合された合金から溶出される量は問題にならないと考えられます。しかしBeは発癌物質でありNiと同じく肺毒性が強く鋳造時に気体を吸い込んだり研磨時に粉塵を吸い込む可能性の高い技工士のリスクが高いのです。中国の国内事情としてBe入りのNi-Cr合金のメタルボンドや全部鋳造冠が流通しているのは事実です。
昭和60年より日本ではではBeをNi-Cr合金に添加することは禁止されました。しかし問題なのはNi-Cr合金が日本で保険適応されており、国内でクラウン・ブリッジ用として製造されている物の多くが加工しやすく硬度を下げるためにCrの含有量が20%未満でMoも適切に含まれていないという事実です。このような合金の口腔内での溶出量は無視できません。また精錬の技術が低ければNiとBeを完全に分離することができず微量のBeが含まれている可能性も否定できません。歯科用合金においては何がどれだけ含まれているのかよりもどの程度溶出するのかが問題なのです。
2007年 Niの使用がヨーロッパで禁じられたので代わって開発されたのがCo-Cr合金です。この合金も適切に配合されることによって不動態化し溶出量は金合金並みです。しかしNi-Cr合金と同じで金合金より融点は高く鋳造性が悪くて鋳造後の処理が面倒なばかりかレーザー溶接機が無いと蝋着できません。また硬くて調整もやりにくいのです。改良を加えたBEGOのWillobond280でさえビッカース硬度が280硬化熱処理後のタイプ4金合金と同程度で咬合面には硬すぎます。しかし海外ではこの種の合金はメタルボンド(PFM)の焼付け用として使われているので全てがフルベークです。定遠で使用しているセラムコ3のエナメル用のポーセレンはガラス成分が従来の1/5と細かいので破折も少なく以前のように対合歯が磨耗することはありません。
ロングスパンのPFMブリッジにおいては
金合金よりCo-Cr合金のWillobond280が有利
PFMにおいては必ずしも貴金属が非貴金属より優れているわけではないのです。むしろブリッジ、特にロングスパンのブリッジにおいてはCo-Cr合金が有利です。
焼き付け用金属の問題点は
- 金属と陶材の硬度差
- 陶材焼成時の再加熱と陶材の収縮よるメタルコーピングの変形
です。ブリッジに大きな力が加わるとメタルフレームは変形してたわみますが陶材は変形しないので破折して剥離してしまいます。 単冠は支台歯に強固に固定されているので破損は生じにくいが、数歯に及ぶブリッジになるとポンテック部の咬合圧による金属のたわみが生じ陶材の破損を起こす。 Co-Cr合金は強くてたわみが少ないので破折が起こりにくいのです。
またポーセレンを焼成する温度は約960度なので金属の液相点が250以上高くないと焼成すると金属体が変形し適合が悪くなります。焼付け用の金合金は液相点が1100度台ですから変形しますが1300度台のWillobonndo280は変形しません。このようにロングスパンのPFMブリッジやスクリュー固定のインプラントブリッジには適合と破折の両方で明らかにWillobonnd280が有利なのです。しかも安全性は同程度、価格は金合金の1/30以下です。硬いといわれるCo-Cr合金の中ではビッカース硬度が280と低く、比較的調整し安いですのでもはやPFMに金合金を選択する理由はありません。日本ではロングスパンのブリッジに液相点を上げるためにAuをほとんど含まないPd合金を多用していますが、強度が不足し陶材の破接しやすく、Pdが溶出しますので安全性の面からも推奨できません。
Willobind280では咬合面は金属より陶材のフルベークが望ましい
Willobond280とセラムコ3陶材の組み合わせは上記の点からメタルフレームの形態が適切であればフルベークでも破折しにくく、リューサイトの粒子が従来の1/5と細かいので対合歯が磨耗する心配がありません。十分なクリアランスがあれば最後臼歯もフルベークの方がいいのです。
金パラに代わる保険の合金はあるのか
保険適応の金パラの物性は金合金並みですが安全とは言えません。しかも国際的に見れば高価な金属なのです。Pdの供給と価格が安定せず、Auの価格が高騰している現状で保険点数の半分近くを占めるこの合金を使い続ける意味があるのでしょうか?
ドイツではクラウン・ブリッジの40%がWillobondで残りの40%が貴金属、20%がジルコニアを含むセラミックです。アメリカでは鋳造性の悪さからミリング用の焼付け用Ti合金が開発されました。Tiは軟らかいのでミリングに適していますが強度はあっても硬度が足りずブリッジはたわむので後述のように陶材が破折しやすいのです。Co-Crはミリングもできますが硬いので効率が悪く、レーザーシンタリング(3Dプリンター)でWillobondC+(BEGO)という金属粉末を焼結して成型できます。このように鋳造が難しかった非貴金属もここ数年のCAD/CAMの急速な進歩によって容易に加工できるようになりました。また非貴金属コーピングに陶材をプレスして焼成するプレスセラミックも開発され大幅な省力化が進んでいます。これらのシステムには初期投資は必要ですが材料費や人件費は大きく節約でき、単価(金属代+技工料)は金パラのFCKより安くできるのです。
FCKの代替材料として金合金は高価なので除外するとセラミックかハイブリッドレジン、これらも材料単価は金パラより安いのです。他には硬度の低いNi-Ti-Cr合金などが考えられます。Ni合金でも安全な不動態であれば口腔内では問題ないし、加工が鋳造からCAD/CAMに代われば技工士の健康被害も心配が無くなります。
このように日本国内で認可され使用されている金属の多くが決して安全とはいえず、ヨーロッパでは使用できないのが事実です。私は日本人の口の中の銀歯がWillobond280のフルベークPFMに代わるのが一番いいと思います。しかし残念ながらこの合金は国内で販売されていながら製作に高周波鋳造機やレーザー溶接機が必要なので導入できていません。また鋳造後の酸化膜の処理が難しくその技術が普及していません。セラムコの陶材も今では全くと言っていいほど使われていません。わたしは自分達の扱っている物が売れなくなると困る人達が意図的に情報を閉ざしているからだと思います。