インプラント
その急速な普及の是非
1965年、初めてスエーデンで臨床に用いられたチタン製、スクリュー型のインプラントは今世紀に入り、その表面正常の改良・術式の簡略化によって治療成績が著しく向上した。
20年前筆者が大学口腔外科で初めてこのインプラント治療に係わった時は全例入院で、特に無歯顎患者は全身麻酔を必要とし2週間入院、その後6か月待って補綴治療に移った。
まさに大学病院の手術室で行う「特別な治療」であった。それが今や普通の歯科医院において局所麻酔下で抜歯と同時に手術、数時間後には固定式のブリッジを装着して帰宅できる。まさに隔世の感がある。
この歯科における20世紀後半最大の技術革新はマスコミを通じて国民に広く知られるようになり、健康で快適な生活を求める現代日本人の要求と歯科医師過剰・保険診療の限界などの歯科医院の厳しい経営環境により積極的に取り入れる歯科医が増えたため、ここ数年インプラント市場は毎年、20%程度で伸長しているという。
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愛知県保険医新聞 H21年3月25日号
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しかしこの急速な進歩と普及に反して、最近インプラントの術後トラブルに関する報道が目立つようになった。その原因は一言で言えばひっ迫する経営のために未熟な歯科医師が難症例に手を出すとか、安易に他の治療法を否定し、保存できる歯も抜いてしまうといった事であろう。
日本にはメーカーが一部のスタデイグループに属する開業医と組んで商業誌を通じてインプラント治療のトレンドを作り出してきた独特の風土がある。90年代の終わりから積極的に骨造成をして補綴学的あるいは審美的に最良の位置にインプラントを埋入するという「トップダウントリートメント」、「補綴主導主義」という日本独特の造語が氾濫し、必要であったかどうか疑わしいサイナスリフトやGBRが流行した。これらの術式は極めて難しく、またさまざまな骨補填材や濃縮血小板などの「異物」が多用された。失敗はもちろん成功しても患者さんの受けるダメージは大きかった。
今世紀に入り西ヨーロッパでは上顎洞や下歯槽菅を傾けてインプラントを埋入することによって避け、また短いインプラントを多用してできるだけ骨移植をせず既存の骨を利用するという低侵襲の術式が開発され、良好な結果が報告されている。最近では日本でも過去の反省もなく同じ開業医がこの術式を宣伝しているのにはあきれてしまう。最も危険に感じるのはコンピユーター・シュミレーションである。確かにCTは有効な診断手段であるが、全てのインプラント手術に必要ではない。CTによるサージカルガイドを用いれば誰でもが無切開で手術できるといった錯覚を与える宣伝をするのは間違っている。逆に危険が増すのである。すでに日本では600台以上歯科用CTが売れたそうである。しかし本当にそんなに必要があるのであろうか。
かつてはメーカーが主催するコースは4日間で高額であり、手術室を備えた外科、歯周病の専門医にしか販売しないという時代があった。導入するほうにもかなりの覚悟と投資が必要であった。しかし今やメーカー間の競争は激しく、コースが1日はおろか半日で、コースを受けなくても誰にでも売るという姿勢である。メーカーのトップたちはほとんどが最近、他の業界から下ってきた?人達で、その頭にあるのは「目先の利益」であることは間違いないだろう。インプラントの進歩によって最も恩恵を受けるべきは一部のそういった人間ではなく患者さんであり、その結果、われわれ歯科医師も潤うのだということを忘れてはならない。
インプラント治療は今や科学的な根拠と統計学的に良好な経過を伴った歯科の最新技術であるのは間違いない。骨量が十分で骨質が良好なら埋入手術は埋伏歯の抜歯や歯周外科より簡単である。補綴術式も限局したケースなら通常のクラウン・ブリッジとほぼ同じである。平均的な歯科医師でもある程度の解剖学的な知識や全身管理・感染対策を身につければ十分可能な治療である。インプラントに関する卒後研修はメーカーや朝日新聞に報道されたような認定医ビジネスと結びついた私的な講習会ではなく、大学やあるいは米国歯科医師会(ADA)のように日本歯科医師会が中立な立場で認定・主催すべきである。
しかし残念ながら未だに少なからぬ歯科医師がインプラントそのものを否定しているのが示すように、このレベルの教育ですら卒前はおろか卒後、開業医が受けられる課程が大学にあるとはいえない。もちろん保険導入などは教育システムが完備されてからの議論されるべきである。
昨年後半、国際的な不況のあおりで欧米ではインプラントメーカーは前年比50%以上販売額を減らしているようだ。日本を在庫整理の草刈場にされないよう自らの目で製品や技術を見極められるよう研鑽し、襟を正してモラルを上げなければならない。
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