中国珠江デルタ地帯(珠海・マカオ)の歯科事情(2002年)
篠田鉄郎
2002年の夏休みに家族で香港を旅行し、念願であった香港と深セン(羅子)の徒歩でのボーダー超えを果した私は羅子駅前に歯科医院の多いのに驚いた。とある歯科医院を覘いていると(なぜか総ガラス張りで中は丸見え)白衣を着た若い歯科医と目が合い片言の北京語と英語で中を見せてもらうことができた。機械はほとんどがヨーロッパ製で技工室ではセラミックも焼いており、仕事は雑そうだが意外と進んでるなという印象を受け、この地域の歯科医療に大変興味を持った。
その後偶然珠海にある台湾資本の技工所を紹介してもらうことができたので、ついでに他所も見てやろうと、インターネットで見つけたこの地域の歯科医院や技工所に英語でメールを送ったが、返事が返ってきたのはマカオの歯科医院一軒からだけだった。しかし珠海にある中山医科大学のインプラント(中国では種チー)センターだけはどうしても見てみたかったので、北京語で代筆してもらいファクスしたところすぐに訪問可能との返事がきた。さらに私のホームページを見たマカオ歯科医師会長からインプラントの講演依頼を受けたので11月の連休(21~24)を利用して訪問することにした。
●一日目
私は目的地までもっとも安い航空券を買うことを常としているが、今回は借金を返すまで中華航空に乗るのは駄目(死んでも保障が少ないから)と妻に怒られたので仕方なくキャセイの直行便を65000円の早割りで買う。キャセイは各座席にテレビが付いていてなかなか快適、香港映画(最近は広東語でなく北京語)を楽しんでいるうちに香港に到着する。1998年に開港したチェクラップコク空港は二本の滑走路と88のゲートを持つ東アジアのハブ空港だ。市内まではイミグレーションを出たらすぐ乗れるエアポートエクスプレスが速くて便利だが片道100HK$(1600円)もするので外国人しか乗らず、いつもガラガラだ。セントラル(中環)で両替を済まし(マカオや珠海でもHKドルが使える)、タクシーで上環のフェリー乗り場へ向かう。タクシーの初乗りは160円で非常に安い。ここの旅行代理店でマカオのホテルを買う。三ツ星クラスで約6000円だが、さすがギャンブルの街、土曜日は倍以上に跳ね上がる。
約一時間でマカオ到着。マカオ歯科医師会会長Dr.Soのところに勤めるフィリピン人女性歯科医師と受付嬢が迎えに来てくれた。
Dr.Soの診療所はマカオの目抜き通りの商業ビルの中にあり、アメリカンスタイルの最新の設備・機械を備えている。オートグレーブが三台もあり、ハンドピースも個人別に滅菌されていた。彼は5人の歯科医を雇っていてなかなかの羽振りのようであった。彼はフィリピンの大学を出ており、英語は流暢だが北京語は全然話せず、私が北京語で挨拶すると「わからんから英語で話してくれ」と言われた。写真の通り、香港コメデイーのMr.Boo(サミュエル・ホイ)によく似ているが、話してみると香港コメデイーを地で行くギャグ連発の気さくな好人物であった。マカオでは今年初めて病院の口腔外科でインプラント(フリアテックU)の手術が行われたばかりで、彼も自分の診療所でインプラントをやりたくて(お金が儲かるから)9月から香港大学の口腔外科の卒後研修(パートタイムで二年間午後週4日)に通っているそうで、帰ってから夜10時まで診療し休みなしで日曜日も働いているのには驚かされた。
●二日目
私の泊まった新世界帝豪酒店は大陸からの団体客が多く、そのマナーは最低。エレベーターには強引に入り込んでくるは、朝食バイキングで並んでいても割り込むはで昔の日本の農協の団体さんもこんなんだったのかという感じ。早々に珠海に向かう。澳門と珠海のイミグレは深センほど混んでおらず、ビザステーションで珠海経済特区内のみ3日間有効のビザを5分で発給してもらい(100HK$、中国へ入るには入場料がいる)約30分で通過できた。
珠海は80年代に新しくできた街で人口70万、日系企業もキャノン、ブラザーなど多数が進出しておりイミグレでは日本人ビジネスマンもちらほら見かけた。イミグレを出た所には地下街があったがたいしたものは売ってなく、土産になるものも無かった。ただここにも歯医者が多く、治療費がマカオの三分の一から四分の一ということでマカオからの患者を当て込んでいるようだった。
タクシーで中山医大インプラントセンターへ向かう。運転手が道を間違えたので(わざとか?)街中を見物できた。海岸線は美しく、多くの観光客で賑わっていたが深センほどの高層建築は無く、道路も広くきれいだがどこか殺風景な感じがした。インプラントセンターは目抜き通りのビルの二階にあり、なぜかエステが併設されていた。アポを取っておいた謝供教授に面会した。彼は北京大学卒でこの6月に大連から赴任してきたエリートだがほとんど英語が通じない。ここには30人ぐらい歯医者がいるのだが誰も英語が話せないらしく日本語を勉強しているという看護主任が応対してくれて片言の日本語と北京語で取り合えず一緒に昼食をということになり、若い副主任医師のビュイック(なんでこんな車が買えるの?)で海鮮料理の店に行きおごってもらう。ここで食べたスズメの丸焼きはなかなか美味、4人分二百元(約3000円)でおつりがくるくらいだったが、言葉がほとんど通じず会話にならない。
先方も困ったらしく、戻ってくると教授が呼んだらしい日本語のできる老人が待っていた。この老人、楊先生は1944年にハルピン医科大学を卒業した78歳のハルピン医大顎顔面外科元教授でもう何十年も日本語を使っていないのでだいぶ忘れたと言いながら、かつての日本人の同級生や教授たちの名前を思い出して消息を聞かれたが私が知る由もない。楊先生の通訳で謝教授とも何とか会話することができた。彼は華西医科大学(成都にある)で開発された中国衛生部お墨付きの純チタン・歯根型スクリュータイプのCDICというインプラント(約8000円)を使用していた。しかし天然歯とインプラントの連結やインプラントとブリッジの間にプラスチックのスリーブをいれて緩衝機構を持たせるなど、かつてIMZインプラントが犯した過ちをまだやっているようだった。インプラント周囲の骨吸収を防ぐ方法を聞かれたが、「貴方のやっている方法は骨吸収が起きて失敗するので欧米では10年前に否定された。」と答えると驚いていた。やはりインプラントに関しては英語で情報を入れないと取り残されるなと実感した。設備機械などから見ても日本よりまだ30年くらいは遅れているようだった。
少し暗くなってきたので、洪北の銀都ホテルへ飛び込みで泊まる。五つ星だが約7000円と安かった。
●三日目
遅くまで寝てしまい、昼ごろ歯科機材のデイストリビユーターである景展有限公司を訪ねる。ここもあまり英語が通じなかったが、どうやら台湾資本らしい。この地区には大規模な技工所がいくつかあるらしく、そこへ主にヨーロッパ製品を納めているらしいがその値段は日本より少し安いぐらいだ。日本のN社のタービンはかなり安かったし、中国製品には興味を引く物もあったがカードが使えないので少ししか買えなかった。技工所も併設されており、24時間・365日フル稼働しているようだ。50〜60人は働いているようで設備・機械はむしろ日本より良く、インプラント技工やオールセラミックスもやっていた。台湾・香港・シンガポールそしてヨーロッパからも仕事を取っているようで受注後24時間後には発送できる体制だそうだ。品質は悪くなく、メタルボンドがノンプレのメタル込みで約3000円と安いので面白そうだったが日本でも輸入技工物が問題になっているし、言葉の問題があるので今回は見学させてもらうだけにした。
夕方にはマカオに戻りカジノで有名なホテルリスボアを覘く、土曜日なので大陸や台湾から大勢の客が来ており大小やスロットの他に競馬やドッグレースの場外馬券売り場もあった。マカオは中華世界では唯一合法で何でもありの歓楽都市なのである。夜はドクターSoに東洋一の高さのマカオタワーの下でポルトガル料理をおごってもらう。チキンカレーが美味い。翌日の講演会場であるマカオ日赤を下見するが、スライドプロジェクターが事前に指定したタイプでなかったので11時過ぎだったが電話して探してもらう。「まだパワーポイントじゃないの」と嫌味言われた。ホテルに帰ってから寝る前に英文の原稿を再度チェックした。
●四日目
マカオの歯医者は皆遅くまで働くので日曜日じゃないと人が集まらないという理由で私の講演は帰国日の午前中になってしまった。日時が決まったのは出発の5日前でそれまで気が気でなかった。
『東アジア人のためのインプラント治療−私の13年の経験から』という演題は北京語で『東亜人的口腔種チ治療−私敵十三年経験』と訳され、立派な立て看板まで用意されていた。参加者は40人弱だがマカオには歯医者が110人しかいないのでまあまあというところか。ちなみにマカオの人口は約50万で歯医者は4000人に1人という割合で羨ましい限りである。これまで口腔衛生状態が悪く放置されてきたのと貧富の差が激しいとは言え、近年、住民の所得が向上したこともあり歯科治療の需要は多いようである。
「名古屋の歯医者はどのくらい稼ぐのか?」と何人から聞かれたが、大体のとこを答えておくと、「たったそれだけ。何でそんなに少ないの?」とまた聞かれ、日本の歯科医師過剰や保険の低報酬について話すとみんな驚いて、「あんたマカオでインプラントやったら。」と盛んに勧められたが、私は「マカオに他所から歯医者をいれると日本みたいになるぞ。」と忠告しておいた。
これまで香港・台湾・中国から何人かの先生を呼んで講演をしてもらったが日本の先生の話を聴くのはみんな始めてと紹介され、近い距離で同じような顔をしているのに歯科の世界では交流が無かったことを実感させられた。講演の大部分を英語で行なったが、半分ぐらいの参加者は広州の大学を出ており英語がよくわからないので広東語の通訳が入った。質疑応答では英語・日本語・広東語・北京語が飛び交い、さらには筆談も利用して意志の疎通を図ったがこのような多言語は私にとって初めての体験で頭が痛くなりそうだった。
若い歯科医たちはインプラントに大変興味があり、何人かは香港大学でフリアテックのコースを受けているようだったが、いわいるブロネマルクタイプのインプラントの原理や歴史などはほとんど知らないようであった。10年を超える私の臨床例や私が名大口外時代に治療した下顎のボーンアンカードフルブリッジや顎顔面インプラントなどは初めて見たようだった。概して即時荷重や抜歯後即時埋入など最近の知見はあるようだがインプラントの原理や補綴・咬合などの理論はあまり理解していないと思われた。しかし元来、新しい物、価値の高いものを欲しがる国民性のようであり、入れ歯など入れたくない一部富裕層にはインプラントを希望する患者が少なくないようで、現在患者は香港に流れているようだ。歯科医療は全くの自由経済の下にあり、ヨーロッパ留学した若い口腔外科医もいるので今後供給側の体制が整えば急速に普及していくと思われた。
最後にマカオ政府衛生局とマカオ歯科医師会から感謝状と記念品をもらい、体面を重んじる彼らから長々とお礼の言葉を受け、土産に名物のカフェ・ナタのエッグタルト買ってもらい何とか帰りのフェリーに間に合い帰途に付いた。
沈滞する日本の歯科医療と比較してこの地域はもうそれほど遅れているとは言えないのではないか。返還後、経済は停滞しているとはいえ事実、香港マカオの所得レベルは日本に近つきつつある。インプラントや審美歯科など日本の保険外の治療はニーズがあり今後日本よりも急速に普及していくのではと思われた。